芸能表現師  久高 徹也 ∞ 仙人への道 ∞ 

 長野県下伊那郡を中心に活動している芸能表現師:久高徹也。日本の伝統芸能を基礎とした創作芸能を用い、
 独自の表現スタイルを追求している。

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美らさ飯田公演を終えて
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    去る10月8日(日)に、創作太鼓衆「美らさ」の 飯田公演が大盛況の内に幕を閉じた。 地区や学校関係の運動会、秋祭り等のイベントが 目白押しの連休中日で、チケット販売もかなり 苦労はしたが、結果的にはほぼ満席になった。 主催者、実行委員としての責任を果たすことが でき、とりあえずホッとした。 舞台は・・・素晴らしかった。 とにかく素晴らしかった。 本番は袖で見守らせて頂いたが、リハーサルから 泣けて泣けてしょうがなかった。 飯田の人々に、こういうことを伝えるため自分は ここにいるんだ、と改めてそう思えた。 同郷の同志達の頑張る姿は、自分を奮い立たせて くれる最高のエールである。 改めて、美らさとの出会いに感謝し、玉城団長と いう男の中の男に出会えたことに感謝。 さて、そんな舞台を見ちゃったから、今度こそ 頑張ろうと決めたことがある。 沖縄の三味線、三線(サンシン)である。 過去何度も挑戦しては挫折、挑戦しては挫折、 というのをくり返してきたが、今度こそ。 そう思って、公演終了後から毎日必ず1回は触る ようにしている。 そんなご主人様の熱意を知ってか知らずか、我が 家の爆弾娘?チータさんは、いつも練習の邪魔を しに来てくれる。 sannshin.jpg
    動画だともっと分かりやすいのだろうが、三線を くぐって胡坐の中にもぐりこんでくるのだ。 三線の音色が心地いいのか、それとも、最近寒く なってきたからただ暖を取りに来ているのか。 たぶん後者だと思うが・・・。 とにかく、今度こそがんばる。 実は、三線の弾き語りのための曲は、もう出来て いるのだ。しかも2曲。 自分の舞台で披露するところまでいくにはかなり 時間がかかるだろうが、最近、私自身初めての 音楽ユニット作って活動を始めたこともあり、 遠くない将来、発表出来るかもしれない。 近況はまたこのブログで報告させて頂きます。 あと、先日の台風、最近の長雨にも負けず凛と した姿で並んでいる我が田んぼの稲たちの写真を 載せておこう。 ricefield.jpg
    稲刈りは11月上旬の予定。 まだまだ忙しい日々は続く ありがたいことである。
    | ハブ | - | 09:54 | comments(2) | trackbacks(0)
    がんばる理由
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      このブログを続けていれば、いつかそんなことも

      あるだろう。何となくそう思ったことはあるが、

      まさか、こうも心の準備も出来ぬうちに起こって

      しまうとは予想もしなかった。

       

      昨日(正確には一昨日)、和歌山の嶋本さん(奥様)

      から電話を頂いた。龍さんでなく奥様から電話を

      頂くことも、公演や仕事のことでこれまで何度か

      あったことなので、さほど気にもせず、いつもの

      調子で電話に出たのだが、そこで伝えられたのは

      にわかに信じ難い悲しい知らせであった。

       

      嶋本龍さんの生徒さんで、はぐるま公演や三つ巴

      公演のお手伝いもしてくれたAさんが、先日43歳

      という若さで亡くなられた、というのだ。

       

      まさか・・・

      つい4ヶ月程前、飯田まで公演を見に来てくれ、

      慰労会でも色々とお話ししたばかりなのに。

       

      当然、気持ちの整理などすぐに付くはずもなく、

      一瞬、どうすればいいのか迷いはしたが、すぐに

      いつも私のお手伝いをしてくれるHさんに連絡を

      取り、一緒に和歌山へ赴くことにした。

       

      実は、今日24日(正確には昨日)は、ありえない程

      偶然が重なり、丸1日予定が空いていたのだ。

      Aさんが呼んでくれた。直感でそう思った。

       

      Aさんと初めてお会いしたのは、一昨年のこと。

      私と嶋本さんの「はぐるま公演」を和歌山で開催

      したとき、そのスタッフさんとして会場で私とH

      さんを迎えてくれた。

       

      ほんわかとした、何とも柔らかな空気をまとった

      ちょっぴり不思議な女性。そんな印象を受けた。

      しかし、穏やかさだけでなく、裏方として色々な

      場面でテキパキと動き、細やかな気配りまでして

      下さる。

       

      また、慰労会ではこちらの話を熱心に聞き、遠慮

      しながらもご自分のことも熱く語ってくれた。

       

      ご自身にしっかりとした信念を持ってはいるが、

      それを無理に人に押し付けたりしない。Aさんに

      対する印象はそんな風に変わっていた。

       

      今改めて思い返してみると、Aさんと直接お会い

      したのはほんの数回しかない。が、そのどれもが

      私にとって特別な場面、具体的に言えば私が簗瀬

      さんや嶋本さんと関わらせて頂いた公演でのこと

      なので、強く記憶に残っているし、いつでもその

      柔らかな笑顔で接してくれたので、昔から親しく

      させて頂いてるような、そんな気がしていた。

      SNSやこのブログで繋がっていたことも、その

      想いを強くさせたのかも知れない。

       

      芸能表現師久高徹也として、初めて公演のメイン

      キャストとして、嶋本さんと共に作り上げた舞台

      「はぐるま」では和歌山の昼夜2回、そして、簗瀬

      さんにも加わって頂き三人で制作した「三つ巴」に

      関しては、和歌山の昼夜2回、豊田公演、そして

      飯田公演と全ての会場に足を運んで下さった。

      そのたびに「すごく良かった!」と笑顔で感想を

      伝えてくれ、握手を求めてくれた。

       

      嶋本さんが作曲され、私や簗瀬さんも舞台で演奏

      させて頂いたある曲を、今度の発表会では自分も

      演奏するです、と、緊張しつつも興奮した様子で

      話して下さった。

       

      これからも私達の公演をずっと観に来て下さる、

      そう思っていた。もっともっと色々なお話をして

      色々な場面でご一緒出来る、そう思っていた。

       

      でも、そんなAさんは、今日は和歌山の山村の、

      とある小さな火葬場で棺の中に静かに横たわって

      いらっしゃった。もう握手をすることも、言葉を

      交わすことも出来ない。悲しい現実と、いよいよ

      向き合わなければならなかった。

       

      お顔も雰囲気もそっくりなお母様が、色々と話を

      して下さった。

      病状が悪化してからも、自分で出来ることは極力

      自分でこなし、最後まで前向きな姿勢を貫いた、

      とのことだった。残された時間を、Aさんらしく

      一生懸命に生きた、と。

       

      そんな姿に、嶋本さんも勇気付けられたそうだ。

      これはあとから聞いた話だが、結局病気のせいで

      発表会での演奏という夢が叶わなかったAさんの

      憧れの曲を、まだ太鼓が叩ける内に、と稽古中に

      演奏してもらったそうだ。その時はすでに体力も

      落ちていたそうだが、1曲通して演奏することが

      出来てとても喜んでいた、と。

       

      ただ、嶋本さん、そして奥様は同時にこんな話も

      してくれた。ご主人や娘さんにとっては、太鼓は

      Aさんを家族から引き離してしまう物でもあった

      かも知れない、と。

       

      そう、か・・・。

      病気をされる前も、されてからも、ご家族は常に

      寂しい思いをされていたのかも知れない。もっと

      もっとAさんと一緒に過ごす時間を持ちたかった

      かも・・・いや、そうに違いない。

       

      もちろん、頭では分かっていただろう。Aさんに

      とって太鼓が生きがいであり、生きる力になって

      いたことも。でも、その時間Aさんと離れている

      ご家族にとっては、やはり寂しかったと思う。

       

      私達が火葬場をあとにする際、ご主人が私の顔を

      見て搾り出すように

      「ファンでした」

      とおっしゃった。

       

      恐らく、Aさんが私のことを応援してくれていた

      ということを、伝えて下さったのだ。

       

      見ず知らずの私にそれを伝えて下さったご主人の

      想いに、そしてAさんの想いに、涙がこぼれて

      しまった。その言葉は重かった。もちろん、悪い

      意味ではないのだが、とにかく重かった。

       

      付き合いの短い私でさえそうだったのだ。

      きっと、これまで指導して来られた嶋本さんは、

      それ以上に様々なことを感じられたと思う。

       

      Aさん、あなたのスタッフとしてのご助力、また

      お客様としての声援が、どれだけ未熟な私を勇気

      づけてくれたことか。感謝してもしきれません。

      本当にありがとうございました。

      これからは、どうか天国から私達を見守っていて

      下さい。

       

      「あいつを応援したのは間違じゃなかった」

      Aさんに天国でそう思ってもらえるように。

      がんばる理由が、また一つ増えた。

      | ハブ | - | 03:30 | comments(2) | trackbacks(0)
      美らさ飯田公演
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        | ハブ | - | 09:19 | comments(2) | trackbacks(0)
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